RFTに魅せられて

生きることに苦しみや不幸さを感じるとき、それは本当の自分の声から遠く離れているときではないでしょうか。
本当は悲しかった、寂しかった、痛かった、愛してほしかった...。
そんな本当の気持ちに全く気付けないときに生きづらさを感じているように思うのです。

RFTは、この本当の声に耳を傾けることにのみならず、その声を押し殺すように秘めた理由をもたずねていくセラピーです。
どんなにおぞましく思っている思いや感情、または自分自身が自分の中にあったとしてもそこに存在するものには理由がある。
より良く生きようと最善を尽くした力がある。
それは何一つ変えることなく、そのままでいいということです。
そこにある理由を一つ一つ見つめ、耳を傾けるたびにおぞましいと思えるものの本当の姿が見えてくるかもしれません。

目を背けたいと思っていいんです。
感じたくないと思っていい。
おぞましいと感じているなら当たり前だと、ただ傍にいてあげるだけでいいんです。
それは普段、生きることに必死であればあるほど私たちが自分自身にしていないことでもあります。

どんな恐ろしい思いや感情が出てきてもそれを受け入れ、受け入れることができなくてもいいよと寄り添い、じっと見続けること。
何かを責めたり、批判したり、時には殺意をも感じるものであったとしても自分の内にあることに気づいてあげる。
どんな声を持ってそこにいたのか、そこにある理由を見つめてあげる。

RFTのプロセスで紐解かれていくのは苦しみの原因だと思われていたものが、生き抜くために必要だったものであり自分をより良く生かすための、
かけがえのないものだったと気づいてゆく旅でもあります。
それは自分自身への愛そのものであり、満たされていないと思っていたものが本当はそれを超えたものだと、本来の力、無いことにしていた力そのものが今ここにあることを教えてくれます。

どこまでもやさしく受け止めていくセラピー、RFTは自分の知らない自分に出会うほんの少しの勇気があれば、生きることに懸命な自分への愛に気づかせてくれるものであると私は思います。
それは苦しみを理解し幸せや喜びを選ぶ大きな一歩であるとも思うのです。
私は自分自身が苦しむ理由を紐解き、理解してゆくたびに無いと思っていた愛に気づき、自身の内が満たされていく感覚を知りました
そしてその経験にはRFTは大きな助けとなりました。
より多くの方にその一歩を体験して欲しいと思います。